
近頃は漫画制作の長丁場にBGMとして脚本家・三宅隆太先生のポッドキャスト番組を好んで聴いています。耳に心地よく、大変勉強になるので一石三鳥くらいのありがたさ。
Spotifyで無料で聴ける三宅隆太先生の番組です。脚本制作に関するヒントや、映画・ドラマ制作の現場の裏話、有名・無名に関わらず映画をより面白く観る視点などを教えてくれます。
「面白そう!」と人の興味を惹くプレゼントーク力もすばらしい。創作をしている方、もっと多くの人に自分の作品に興味を持ってほしいと思っている方は大変参考になると思います。とてもおススメです。
漫画用のシナリオセルフチェックシートを自作してみた
私は漫画に限らず、映画でも何でも脚本こそ命と考えてはいるものの、フワッとした自分の感覚で作劇しているばかりできちんと専門家から学んだ経験はありませんでした。
ポッドキャストを契機にしっかり勉強しようと三宅先生の著書も買って読む。
「スクリプトドクター」として他者の書いた脚本を診断している三宅先生は、医師のカルテのごとく脚本の診断書をクライアントに提出されているそうで、診断書に沿って脚本をセルフチェックするという推敲作業は漫画にも応用できるとワクワクしました。
三宅先生の著書で紹介されていたのは主に映画用の脚本向けだったため、要素を削って短編~中編向け漫画用に再構成してみました。

漫画用ではありますが、小説等他の形式の創作物にも応用できると思います。
出版社に投稿・持ち込みしたいプロ漫画家志望者の方、同人誌を制作したい方、もちろん趣味のWeb漫画を描いている方もご自身の作品の脚本のセルフチェックにご活用ください。
ダウンロード、印刷もご自由にどうぞ!
シナリオチェックシートの項目と内容説明
チェックシートの各項目の内容説明を以下に綴ります。
上のPDFファイルをダウンロードしていただいた上で、項目を照らし合わせながら記入する内容を確認してください。
それぞれの項目が埋まらないということは、物語の展開に穴や停滞が発生している可能性があります。各項目を無理なく埋められるよう脚本を修正していきましょう。
作品の基本情報をまとめる
タイトル | そのままです。作品のタイトルを記入しましょう。 |
完成目標 | 作品を完成させたい日付を記入しましょう。 |
ジャンル | ジャンル意識は大切です。恋愛・ギャグ・SFなど、作品の収まるジャンルを記入しましょう。 シナリオによっては「そのジャンルに必要な要素」が抜け落ちてしまっていることもあるのでセルフチェックを。 |
ページ数/サイズ | 作品のページ数や製本サイズなど。 |
頒布価格 | 同人誌の場合、作品の予定価格を。 |
確定要素 | シナリオに直接関わること以外で既に確定している要素を記入します。投稿する目標大賞名、参加するイベント名など。 |
ログライン (要約) | 現在企画中の物語を1,2行の短い言葉で要約しましょう。 例:「少年が海賊王を目指す」「壁の外から食人巨人が襲ってくる」 シンプルな言葉に集約できるほどいい企画だと言われていますが、現行のシナリオの要約がうまくできない場合、何かの要素が邪魔をしている可能性があります。要約化を妨げているややこしい要素を探りましょう。 |
作品のおおまかな流れ・テーマをつかむ
物語の時代/場所 | 物語が展開する時代設定や場所を記入します。 ここの設定がシナリオに停滞を起こしていることもあるため、改変する可能性も探っておきましょう。 |
開始時の主人公の 立場・考え | 物語の冒頭の主人公の状況を記入します。 物語とは「主人公が変化してゆく」ことが大前提になるため、変化する以前の主人公がどんな立場や考えでいるのかまとめしょう。 |
読者に抱かせる疑問 | 物語を面白くするために不可欠なのは、「主人公は無事に目的を果たせるだろうか??」「犯人は一体誰だろう??」と、読者が疑問や関心を持って展開を追える要素です。 読者の側に立って、どんな疑問点や関心事が生まれるか意識して分析してみましょう。 |
主人公の変化の軌道 | 主人公が作中でどのように「変化」してゆくのか、シンプルにその流れをまとめましょう。 |
脚本上のテーマ | 現在企画中の作品のテーマです。(作者自身の創作のテーマではないのでご注意を) 「テーマ」は物語上のモチーフと一致するとは限りません。 例えば、消防士が主人公の作品だったとして、”消火活動の大変さ” がテーマにはなりえない(笑)(それがテーマになる場合はドキュメンタリーですね) 職務を通じて友情を育んだり人生を見直すというメッセージ性があってこその物語です。そこからモチーフを変えた場合にも通じる普遍的なテーマを抽出しましょう。 しかし一方で、脚本上のテーマに必ずしも教訓めいたメッセージがあるわけではありません。 ここの”テーマ”とは「作者が熱を込めた要素」という解釈でもいいでしょう。 「トリックが解けていく爽快さを読者に感じてもらいたかった」「圧倒的な描き込みで世界観を堪能してほしかった」など、教訓めいたメッセージがなくても成立している作品はたくさんあります。 「その作品で目論んだこと・企てたこと」という言葉に置き換えてもいいでしょう。 このテーマ、ないしは目論見が曖昧なまま出版社に持ち込みした際、よく言われるのがこんなセリフです。 「で、結局君はこの作品で何がやりたかったの?」 この問いかけに答えられるものを、今企画中の作品から見出しましょう。 |
メインキャラクターの人間性をつかむ
「主人公」「敵対者」「主人公の協力者」の3項目をここにまとめて説明します
氏名・年齢・職業 | キャラクターの属性が確定していたら記入しましょう。 年齢や職業などの “属性” が物語を展開させていく動力になりますが、一方でそれが足枷になって物語の展開を停滞させていることもあります。 思い込みにとらわれず、改変する可能性も探りましょう。 |
行動の動機(外的) | キャラクターの行動の外的な動機を分析します。 外的な動機とは、行動を起こす理由となったキャラクターの立場や役割のことです。 例えば、戦闘機パイロットが敵陣に飛ぶのは職務上求められているからですね。 |
行動の動機(内的) | 上記の行動を起こした内的な動機、または「本心」を分析します。 ここにはそのキャラクター自身が抱えている望みや解決しなければいけない問題が記入されるはずです。 例の戦闘機パイロットが敵陣に飛んだ本当の理由は、弱虫で卑怯だと感じていた自分を克服したいという本心があった…という風に、内的な動機を設定できれば物語に奥行きをもたせられます。 |
行動を妨げる 障害・葛藤 | 物語を盛り上げる要素は「そうしたいのに、できない」という葛藤です。 主人公が望む自分に変化したいのに、そのための行動を起こす障害や葛藤になるものを考えてみましょう。 これがなければ「そうしたい」→「できた」と何の起伏もない一本道になってドラマ性皆無のお話になってしまいます。 例の戦闘機パイロットは、長らく戦闘機に乗りたいと思ってはいたのに乗れなかった。それはなぜか。過去に親友を失ったことへのトラウマかもしれないし、自分にもしものことがあったとき、路頭に迷う妻子を想ってのことかもしれない。 こういう風に、最終的には変化を遂げられる主人公に立ち塞がる壁がシナリオに用意されているか確認しましょう。 |
物語の構成をつかむ
起 | 「起承転結」のはじめの「起」です。 例えば、平凡な学生の毎朝のルーチンを描きます。 他と比較して長すぎないかページ配分も確認しましょう。 |
承 | 物語が「発展」してゆく局面になります。 例えば、平凡な学生がある日、とある金持ちの金庫が破られ中身の文書が盗まれたという現場に遭遇します。 金持ちに依頼され、犯人を追うことに。 |
転 | 物語が大きく「急転」していく局面になります。 この局面で主人公の立場や状況が反転していることがよくあります。 上の項目で被害者だと思われた金持ちが実は悪の組織の黒幕で、文書を盗んだ犯人は金持ちの悪行を暴こうとした義賊だった… など。 ガラッと状況が「急転」して意外性を持たせられるようにしましょう。 |
結 | 「急転」の結果を描く最後の締めです。 読後感を決める重要な部分でもあるため、読者に「読んで良かった」と満足させられる結末にできたら最高です。 人が物語を読んで満足するか否かを決める要素に、「主人公のカタルシスが浄化された」という、主人公が抱えている問題が解決された爽快感を味わいたいという欲求があると言われています。 主人公が問題や葛藤を抱えていて、心では変わりたいと思っている。それらを解消できたかどうかが読後感を決める重要な要素であるため、企画中のシナリオを分析してみましょう。 例えば、平凡な学生は毎日が退屈で自分は無能だと卑下していたかもしれない。それでも金庫破り事件に関わって、自分でも気づかなかった能力が発揮されて生き生きと活躍できた。 そういう風に締めくくれば(ベタではありますが)物語はひとつの完成した型になります。 一方で、「主人公の問題や葛藤が解消されなかった」=「カタルシスが浄化されなかった」タイプの結末を迎える作品もアリと言えばアリです。(対象読者はより大人向きの、ほろ苦い作品になるでしょう) その場合は作者が意図してその結末を選んだという意識が大切で、その結末を選択することで読者に与える読後感はどうなるのか十分に考慮しておくことが必要です。 「読者にこんな読後感を得てほしい」という気持ちから結末を考えることもアリかもしれません。 |
サブプロット | サブプロットとは、物語の本筋と並行して走っている脇のお話のことです。 例えば、宇宙人の侵略から地球を守るために戦うヒーローの物語において、主人公とヒロインの恋愛話も並行して展開している。これがサブプロットです。 キャラクターの人間性への考えが曖昧なままだとサブプロットのない展開になりがちで、薄くて軽い脚本になってしまいます。自分の作品にサブプロットが盛り込まれているか分析してみましょう。 |
スターウォーズで記入例を作ってみた
ここまで長々と書かれても、具体的な記入例がないとわからん!
ということで『スターウォーズ エピソード4』を例に挙げて、セルフチェックシートの記入例を作ってみました。
次の記事に続きます。
参考書籍
今回参考にした三宅隆太先生の著書はこちらです。
脚本家志望の初心者に向けて書かれた本ながら、話の流れは心のカウンセリングにまで至ります。
脚本の本なのに、なんでカウンセリングの話にまで発展するの?? と不思議だと思います。
私も本職が脚本家・映画監督なのに心理カウンセラーの資格まで三宅先生が持たれていると知って驚いたのですが、「脚本で苦しむ人を助けたい」という気持ちから本格的にカウンセリングの勉強を初めて資格を取得されたのだそうです。
「脚本に問題を抱えている人は、同時に自身の内面にもトラウマや葛藤を抱えていて、外面を気にするあまり自分自身で(気づかぬうちに)ブレーキをかけてしまっているからだ」と指導者として生徒に教えているうちに気づいた三宅先生は、カウンセリング術を応用しながら生徒と向き合い、対話を重ねます。
真摯に脚本を書くその人とその作品に向き合い、問題の原点に立ち返えり改善への第一歩に手を差し伸べてくれる。その対話が目的としたところの真意は、本書に登場する匿名の生徒だけでなく、脚本を学びたいと本書を開いた読者にもゆっくりじんわり染みて届いていくでしょう。
単なる実用的な脚本の指南書ではなく、まさかの心のケアとリハビリにまで至る本著。
想定していたこと以上の内容に踏み込んだ本で、意外な読書体験ができたことに久々に感動しました。
映画のみならず、娯楽商品として人々に受け入れられ消費されている物語は概して以下のふたつに分類されます。
・ハイコンセプト(ジャンル映画ともいう。いわゆるハリウッド式の娯楽映画はこれが殆ど)
・ソフトストーリー(明確なログラインが存在しない人間ドラマが多い。いわゆるミニシアター系、ヨーロッパ系)
ハイコンセプトはノウハウが確立されているため迷いにくい分野ですが、ソフトストーリーは人間の内面から出発していることが多く、やもすると破綻しがち、迷走しがち、つまらなくなりがち。
本作はそんな「ソフトストーリー派を志すアマチュア」に向けて書かれた一冊です。明確な指針がないソフトストーリーのシナリオを書く考え方の基礎が学べます。
ハリウッド式のハイコンセプトではない、ミニシアター風の味のある作品が描きたい(漫画ではオルタナティブ系と呼ばれるものでしょう)という方に大変おススメ。
また、「主人公よりもサブキャラクターの方が魅力的になってしまって物語が破綻する」という問題にもとても丁寧に分析して解決方法を提案されています。
主人公の立場・目標・感情・現状など、キャラクター性を示す情報が視覚的に表現されないと、観客(読者)に認知されない。認知がないことには魅力も生まれない。
言葉の説明だけでなんとか主人公を立たせようとしても無理があるというお話は、映画だけでなく漫画にも通じることだなと感じ入りました。
漫画のためのシナリオを勉強するのにもとてもためになる一冊です。