Heilung 『Futha』解説
(※管理人の日記"MY NOTE" 2019年7月10日の記事より転載)
先日デンマークのペイガン・フォークバンド Heilung の新盤『Futha』が発売されました。
(※bandcampでフル視聴ができるので、是非聴いてみてください!)
2015年に出された1stアルバム『Ofnir』を初めて聴いたとき、「すごいバンドが現れた!」と大興奮したもので、新盤の発売も心待ちにしていました。
bandcampで特装版のアルバムを予約しており、ちょうど発売日の6月28日に届く。
開けてみると、通常のアルバムサイズよりも二回りくらい大きく、布張りのハードカバーに金の箔押し。とても豪華。
そしてハードカバーの方のブックレットは全てルーン文字で書かれているというぶっ飛び具合で、(ルーン文字が読めなければ曲のタイトルすら分からないのよ)各曲の解説は付属の "Explained" の解説書を参照せねばなりませんでした。
ところがこの解説書、言語は英語ですが難解すぎて何を書いているのかさっぱり話が頭に入ってこない。
使われている用語が何なのか分からない。
Bracteate? Völuspa? Lösesegen?
こういう、なんとなく北欧っぽいナゾの単語が頻出して目を泳がせるのでした。
そう、Heilungは北欧のペイガン・フォークバンド。
ペイガンとは「異教徒」という意味で、これは何に対して異教なのかというと、もちろんキリスト教に対してです。
北欧で人気のペイガンバンドは地場の神話である北欧神話や歴史の事象を謳っていることが多く、それらの知識がないと、解説に登場する用語もてんで理解できないのでした。
私はペイガン系のバンドも大好きだけれど、恥ずかしいながら北欧神話等への造詣はほとんどなく、けれどHeilungの音楽が表現しているものを知りたい!学びたい!という気持ちが昂って、解説書を一字一句テキストに起こして文脈を把握し、用語を調べるという地道な作業を開始しました。
私がもっと英語が堪能でスラスラ読めたらこんな苦労はないのでしょうが、自分のできることから少しずつ知見の幅を広げるしかないのである。
音だけで意味も言葉も分からないまま音楽を楽しむのもいいですが、
(特にDL販売だとブックレットでの曲解説もないし、近頃は本当に音だけでワールド系音楽を聴くようになってきました)
解説書を読んでHeilungの丁寧な曲作りの姿勢を知って感動を覚えたので、
ここに簡単に曲解説をまとめておきます。
素人の翻訳・解釈だから未熟で間違っているところもあるかもしれませんが、是非皆さんもHeilungの音楽の世界を楽しんでください。
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- タイトルについて
アルバムタイトル『Futha』はだいたい6世紀から9世紀頃のゲルマン鉄器時代に鋳造されたブラクテアート(bracteate)というメダルから取られたそうです。
ブラクテアートとは薄い金色の装飾メダルやコインのようなもので、刻まれた文様や偶像にはいくつかパターンがあり、スウェーデンの考古学者オスカー・モンテリウスによりAからMまで7種に分類されています。
ブラクテアートにはルーン文字の碑文が刻まれており、魔よけの護符を兼ねた装飾品だったことが想像されますが、興味深いことに碑文の大部分はルーン文字のアルファベット(フサルクと呼ばれる)の最初の3文字である "futh" で始まっているそうです。
Heilungは魔法の呪文の始まりが"futh"という3文字であることに注目したようです。
また、"futh"という3文字は、アルバムの一曲目「Galgaldr」の歌詞に使用した「Högstenaの護符」に書かれている碑文においては女性器の意味も内包していることも着想のヒントになったそうで、
「魔法の可能性と女性器」これが今回のアルバムのテーマとなり、聖なる女性が魔法の呪文を唱え、祝福を供するイメージを膨らませていったとのこと。
前作の『Ofnir』は非常に男性的なアルバムだったけれど(確かに)、今回の『Futha』は女性性にバランスをとって制作にあたったそうです。
女性ヴォーカル、マリア・フランツのパートも増えて、ますます神秘的に、優しさや幻想感を増したアルバムになっています。
参考文献:
https://en.wikipedia.org/wiki/Bracteate
http://www.runsten.info/runes/german/origin.html
https://blog.goo.ne.jp/huvy52g1s7/e/652a09a4324cccd63df243f3fa3a6728
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◆Track 1◆ Galgalder
曲は『巫女の予言』のスタンザ45から始まります。(スタンザとは定型詩を構成する詩のまとまりの一つの単位)
『巫女の予言』(Völuspá、ヴェルスパー)とは、北欧の神話や英雄伝説を語る古ノルド語の詩集『古エッダ』の筆頭に置かれる詩で、
巫女ヴォルヴァが世界の創造から終末(ラグナロク)の到来、そしてまた世界の再生することを、北欧神話の主神オーディンに語りかける形式になっているそうです。
参考wiki:『巫女の予言』
歌詞は『巫女の予言』のスタンザ 45、41、59 の順に構成されていて、
原文と英訳はこちらで読むことができます。
参考リンク:Völuspá stanza 41-45
http://www.voluspa.org/voluspa46-50.htm
参考リンク:有志による訳
曲は禍々しい男声のがなり声にかぶさるように早いペースのチャントが乗ってきます。
このチャントは邪悪な霊に対して防御呪文を詠唱するイメージで、これはスウェーデンのHögestenaで出土した12世紀の護符から由来しているそうです。
参考リンク:Runiczny amulet z Högstena
https://blogvigdis.wordpress.com/2017/05/06/runiczny-amulet-z-hogstena/
スカンジナビア人は悪意のある病の霊魂が大気中に浮遊していることを信じていたそうで、護符は彷徨える病の霊魂から身を守る呪文を含んでいるとのこと。
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◆Track 2◆ Norupo
この曲は『ノルウェーのルーン詩』を謳ったもので、詩は失われた13世紀の写本のものを17世紀に作られたコピーから取られたようです。
スカルド詩の韻律に従い、最初の行は常に節を指定して神秘的な意味をにおわせています。
2行目は韻を踏む情報を追加しており、何らかの形で最初の行にリンクされています。
ところでスカルドとは吟遊詩人のことで、特に9世紀から13世紀頃のスカンジナビア半島一帯で読まれた古ノルド語の韻文詩のことを「スカルド詩」と呼んでいるそうです。
「エッダ」が神話を扱ったものが多いのに対し、「スカルド詩」は人間の王や戦士の物語が謳われるのが多かったそう。
参考wiki:『スカルド詩』
"Norupo "の詩は極めて不可解で、まるで謎なぞの歌のよう
参考リンク:The Norwegian Rune Poem / 原文と英訳
https://throwbackthorsday.wordpress.com/2017/05/25/the-norwegian-rune-poem/
キリストは天の創造者として謳われ、北欧神話の神々の一人ロキは、たくらみに成功した裏切り者であると書かれています。
参考wiki:『ロキ』
詩の成立した時代背景的にも、ちょうど北欧神話とキリスト教が融合する様子を実感できるようです。
キリスト教と土着宗教の融合は、このような詩だけでなく建造物などからも確認することが可能です。
ノルウェーのスターヴ教会では片目のオーディンの偶像が置かれていたりします。(オーディンは片目で描かれることが多いらしい)
参考wiki:『Hegge Stave Church』
ところでこのような古く失われた詩の発音方法を探求することはHeilungにとって気分の高揚する研究対象のようで、今回はノルウェーのヴェストフォル県にあるBorreという村の方言が採用されました。
この発音は今でも生きた方言として使われているそうです。
◆Track 3◆ Othan
『ハヴァマール』は邦訳として「オーディンの箴言」や「高き者の歌」という名もある。高き者(High One)とは、もちろん北欧神話の最高神オーディンのことです。
参考wiki:『ハヴァマール』
意味は不明瞭で解読は進んでいないそうで、Heilungはこのパートに明確な意味を持たせるというよりも、戦いに向かう戦士たちに施された護符の装飾の魔法の呪文をブツブツと表現している、という感じでしょうか。
オーディンは戦の神として戦争を楽しみながらも詩作にもふけっている。
2つ目のパートの歌詞で使われている『ハヴァマール』のスタンザ156は、そんなオーディンの白い情婦が、主人が戦士たちに与えた魔法の呪文を詠唱しています。
戦士たちを祝福し、彼らを守るために盾の下で歌われる呪文です。
参考リンク: Hávamál stanza 156-160
3つ目のパートでは、いよいよムードも暗くなり、活発な戦闘呪文を発するような段階に来た。
歌詞で使われている『ハヴァマール』のスタンザ150は、向かってくる矢を止める力(呪文)が呼び起こされたと書かれてあります。
参考リンク: Hávamál stanza 146-150
◆Track 4◆ Traust
参考wiki:『メルゼブルクの呪文』
イディス(北欧神話の女神/ヴァルキリーとも)たちが捕らわれの戦士たちを解放する呪文が表現されています。
また曲の2つ目のパートは、『ガルドラボーク(Galdrabók)』という1600年頃のアイスランドの呪文書から引用されています。
参考wiki:『ガルドラボーク』
参考wiki:『Helm of Awe』
参考wiki:『Icelandic magical staves』
◆Track 5◆ Vapnatak
昔の北欧神話では、戦争の主は世界の創造者でもありました。
歌詞はHeilungによって書かれたオリジナルの詩劇のようで、戦場にいる臨場感を感じさせる迫力があります。
詩はフランク語のルーツまでさかのぼることができる古いドイツの方言で語られています。
この方言は現在絶滅の危機に瀕しており、その存在する地域はちょうど1世紀頃の、ローマ帝国と北方の蛮族たちの地域の境目にあるそうです。
その土地こそ、ケルスキ族を筆頭にゲルマン諸部族の連合軍とローマ軍が対峙してローマ軍を壊滅的に打ち負かした「トイトブルク森の戦い(AD9年)」の戦闘のあったあたりの場所とのこと。
参考wiki:『トイトブルク森の戦い』https://ja.wikipedia.org/wiki/トイトブルク森の戦い
ちなみにカッティ族は「トイトブルク森の戦い」の直後に反撃に出てきたローマ軍に返り討ちに遭い、大敗を喫してしまいます。
弱体化した民族は後にフランク族と融合し、歴史の波に消えてゆくのでした。
参考リンク:ゲルマン民族
◆Track 6◆ Svanrand
複数の情報源で知られる中世期のヴァルキリーの名前をすべて列挙しているそうですが、
韻と脚韻を合わせるために「ケニング(kenning)」という古ノルド語詩の迂言法も採用されました。
ケニングの迂言法とは、一般的な名詞を別の名称で呼ぶことです。(代称法ともいう)
例えば、「剣」という言葉を "傷つける鍬" "盾の氷" というような表現に変えること。
参考wiki:『ケニング』
"Svanrand" というタイトル自体が「白鳥の盾」を意味し、Heilungのケニング名になったそうです。
このようなただ名前を列挙するだけの詩は稀ですが、「スールル(thulur)」という古いアイスランドの詩法に同じ手法のものが残されています。
固有名詞を口承で伝えるために、覚えやすく韻を多用したのです。
参考wiki:『スールル』
Heilungは自らのバンド名にちなんで「Heilunghattr」と呼んでいます。
◆Track 7◆ Elivagar
参考wiki:『ギンヌンガガプ』
"Elivagar"と名のつく氷河はアイスランドに多数存在しているそうで、
先述の「スールル」という名前を列挙するだけの古い古ノルド語の詩作法に従って作られています。
ただ名前を列挙するという詩は、極めて単純なように見えますが、一方でただならぬ迫力もある。
ヒンドゥー教や仏教のお経にも似たものがあるよ、とHeilungは言っています。
◆Track 8◆ Elddansurin
こんな短い詩が、まるでお経のようなリズムで繰り返されれいるのです。
Aldrnari
Eldr bal bruni
Hyr hiti
Logi seyðir
火と聞くと、北欧神話ファンは火の神「ロキ(Loki)」をイメージするかもしれませんが、
ロキと火を関連付けたのはワーグナーであり、原典に根差していない独自の発想のためHeilungは支持していないそうです。
実際に火の化身であったのは「ロギ(Logi)」のほうで、
ロキとロギが対峙するお話は『ギュルヴィたぶらかし(Gylfaginning)』に登場します。
ロキとロギが骨付き肉の早食い競争を行った。
ロキは器用に骨や皮を除いて食べ、無事完食したが、ロギは肉はおろか骨や木皿、さらには桶までも食べつくし、ロキの負けとなった。
実はロギの正体は火であり、火ゆえにすべてを食べつくしたのである。
参考wiki:『ギュルヴィたぶらかし』参考wiki:『ロギ』
◆Track 9◆ Hamrer Hippyer
"Traust"の呪文が「解放の祝福」だとすると、"Hamrer Hippyer"は「馬の呪文」
参考wiki:『メルゼブルクの呪文』
sôse benrenkî, sôse bluotrenkî, sôse lidirenkî;
ben zi bena, bluot zi bluoda,
lid zi gelidin, sôse gelîmida sîn
このような短い呪文が早いスピードで繰り返されています。
ちなみに曲のはじめの方で喉を震わすようなダミ声の歌唱法が登場しますが、これはグリーンランドやカナダの一部の地域に残っている歌唱法だそうです。
オーディンは最高神であり戦の神であり、偉大な治癒者でもあった。
ここにきてHeilungのバンド名がドイツ語の「癒し」であることに回帰してきます。
Heilungは自身の音楽や、ライブパフォーマンスの儀式を通じて観客に癒されてほしいと願っている。
Heilungの音楽によく見られる詠唱の繰り返しは呪文の反復であり、繰り返しが増すごとに効果が増幅されるイメージでいるようです。
”It is its own kind of medicine, that can lift you up from the dark world of hurt, so you may breathe again.”
「それはそれ自体が薬のようなもので、あなたを傷つける暗い世界からあなたをすくい上げることができます。そうすれば、あなたは再び呼吸することができるでしょう。」
自らの中にある治ろうとする力を音楽で呼び覚ます、それがHealungの活動のポリシーであり音楽制作の礎になっているものなのでしょう。
一見ダークで禍々しい音楽に聴こえてギョッとするかもしれませんが、その中に込められた太古の魔法の呪文、伝説の神々・英雄たち、歴史の儚さ、そういった物事に夢想を広げてもらえると私もとても嬉しい。
目を閉じて静かに聴き入っていると、不思議と疲れも癒されているのが分かります。
"All is well."
「すべては順調です」
と解説書が締めくくられているあたり、なんともほっと安心した気分になります。
こういう事件がありました。
参考リンク:ブラックメタルの名のもとに起きた衝撃的な10の事件(カラパイア)
私はそういう言葉を聞く度、「バンドメンバーにそういう意識の人がいたら嫌だなぁ…」と思いながらひっそり遠い日本で聴いているのです。
けれどもHeilungは今回の解説書ではっきりと中庸のスタンスを保っていることを明示してくれたのでホッとしました。
"Futha"は女性的なアルバムだと言ったけれど、それを特定の勢力の活動のために利用してほしくはないそうです。
"Heilung has no political agenda whatsoever.
Heilung also has no desire to contribute to gender mainstreaming or gender discussion with Futha."
「Heilungにはいかなる政治的議題もありません。
Heilungはまた、Futhaをジェンダー主流化、あるいはジェンダー協議に貢献させることを望んでいません」
とあらゆる方面に対して中庸であると主張しています。
"People are not equal, but of equal value, no matter where, as what, or as who they are born."
「人は平等ではありませんが、どこで、何として、あるいは誰として生まれたかに関わらず、等しい価値があります」
という締めの言葉には、私も大きく頷くところです。